平等であるべきという思考を喜ばない人もいる

書きたいこと

こんにちは、うかまるです。

例えば、飴玉を4つ持っていてそれを2人で分けよってなったら2つを渡さなあかん!って考える人多いやん。でも、世の中には1つ貰ったほうが嬉しい人もいっぱいおるんよ。 平等に分け合うって観念は、実は人間そんなに喜ばんねん。

こんな感じなことを、ある本から読んで面白かったからといってどりゃあと話してきた友人(関西出身)がいました。

で、これ、僕結構ハッとさせられてしまって。

今日はこれをテーマに好きに書いていこうかと。

※ちなみに何の本か聞いたところ、えらいてんちょうという方が書いた「しょぼい起業で生きていく」という本でした。

※後日、早速Amazonで購入して読みました。えらいてんちょうさんと借金玉さんが対談でお話されている内容が巻末付近にあるのですが、友人が話していた内容はその中で書かれていたものだと思います。その中では飴玉がチョコと表現されていて、なぜか友人は飴玉と言っていました。なんでだろうw絶対自分の言葉にしたくて変えたなw本は普通に面白くてサクッと2時間ほどで読み切ってしまいました。

思考停止に、平等は嬉しいものだと思っていた

ハッとされられました。

平等に分けられるという観念は、一見皆が幸せに見えそうではありますが実のところそんなに嬉しくはないという。

確かに考えてみると、毎月一定の金額を支給されても嬉しくはないです。

貧乏でギリギリの暮らしの中、安定できるような金額を毎月欠かさず貰えることがなぜ嬉しくないんだ?と聞こえてきそうですが、それは、貧乏⇒安定への変化が嬉しいのであって、何か月あるいは何年かするとそのありがたみは霧散し、徐々に「やりがい」とか「意味」を求めだすことでしょう。あるいは、もしかするとギャンブルなどで「破滅」する人もいるかもしれません。

「好きなことで生きてゆく」

このフレーズが世の中に浸透してもうだいぶ経ちました。

『脱サラ⇒ノマド⇒フリーランス』

名前は変わりましたが本質は変わりません。

サラリーマンという形態に嫌気がさしたり、意味を見出せなかったり、単に合わなかったりして、「雇用」から外れた自由な生き方に多くの”勤め人”が希望をもちます。

中には他人から見れば羨むような高給を貰っていても、受け取っている本人によっては「やりがい」がなく耐えられない環境の場合だってあるわけです。

その人にしか見えない世界があるので、見えない世界の事を見ることが出来ない人が何を言おうと知ったこっちゃないわけです。

キャッチコピー「年収1000万」に求心力はもうない

「平等」は働く本質を歪ませる可能性があると考えます。

だからといって搾取すべきだと言っているわけではありません。

本書を読んだ人はわかる通り、資本主義社会において「正規雇用」となると大抵が月給制か年棒制です。つまり、時間単位で給与が決まっています。

時間単位で給与が決まっているとなると、賃金を払う側は「なんとかして生産性を上げて最大の成果を獲得しよう」となります。

本書では「定額働かせ放題プラン」と言っていて言い得て妙でした。

対して、働く側は全員が全員その方針に共感できません。

意味を見出し、個のパワーを会社のレバレッジを利かせて最大限に活用し、個人でもビジネスを扱うような”スーパーサラリーマン”と呼ばれる人種から、なんとかしてサボり、最小限のパワーで生きながらえるような細々とした人もいます。意志が弱く、主張も苦手な為、こき使われ擦り切れるまで摩耗し、明日にでも死んでしまいたいと願う弱者もいます。反対に、雇用でないと生きていけない人もいることも事実です。

色々な価値観が混ざり合ってできている集合体なのです。

だからこそ、平等に毎月給与が入ってくる喜びよりも、死なないだけのお金と自らやりたいと思える仕事に属する歓びの方が大きい人もいるわけです。

 そこには年収によるマウンティングは効きません。

ステータスによる説得も効かないことがあります。

こういったことが、お金は自分の価値観を満たせるだけで大丈夫で、お金よりも別の報酬を求める人が「好きなことで生きてゆく」を流行らせた一因なのかもしれません。

リモートせざるを得ない環境がより拍車をかける

世界中にとてつもなく大きな被害を与えた疫病が、政府がどんな手を施してもなかなか進まなかったデジタル化に一気に拍車をかけ、変えてしまいました。

ガラケーの時代からあったとされるテレビ電話機能ですが、2020年になってそれがようやくスタンダードになりました。

誰もが抵抗なくできる時代になり、今後さらにこの分野は進んでいくことが予想されます。

近い将来、家にいながらもそれぞれが専用の空間にアクセスしてバーチャル空間で会議できることになるかもしれませんね。

こうなってくると、組織をつくり余剰の雇用を抱えることが弱点と感じる企業も出てくるかもしれません。

雇用契約を結ぶのではなく、本書でも触れられていますが、プロジェクト単位での契約が当たり前となり、より個人のコンテンツやパワーが重視される時代がやってくる可能性は高いです。

何よりも「雇用」というシステムのことを考えると、そのほうがよいと企業も雇われる側も判断する未来もあり得るのかもしれません。

ダラダラと書き続けて、まとまりが無くなってきましたw

何を伝えたいか

平等に分け与えることで、良い事をしてあげていると思っていたのは、実はしている側だけで、本当は平等に分け与えられても嬉しくない人を無視していただけだったのかもしれないという僕の気づきです。

先入観は怖いです。

何を発信しても自由な世の中ですが、価値観の押し付けにならないように気をつけねばなりません。

じゃあどうすれば嬉しいのか?ということになりますが、僕の今持っている答えは「人それぞれ」です。

子育てと住宅ローンでいっぱいいっぱいの家庭には、今月もう数万あったらラクなのに…という想いがあるかもしれません。

一人暮らしのフリーターには、お金というよりも遊び仲間や遊ぶ時間を重視したい…という想いがあるかもしれません。

いずれにせよ、人を理解することから始めなければわからないなと感じました。

理解するため一番手っ取り早いことは”やってみる”こと。

失敗してナンボなので、まずはシンプルに挑戦してみましょう。

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